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まちサポくさつ (公財)草津市コミュニティ事業団

団体インタビュー

消防士OB、本気の防災訓練。

NPO法人しがいち防災研究所 岩佐卓實さん

あなたなら、どうする

赤い帽子 「大地震が発生。小学校にいる子どもを急いで迎えに行く途中、人が生き埋めになっているのを発見。周りには誰もいません。でも、わが子も心配。あなたは目の前の人を助けますか」

 さて、あなたならどうしますか。これは阪神・淡路大震災での「実話」がもとになった教材「クロスロードゲーム」での設問のひとつです。実際に震災が起これば、このような苦悩する選択の連続。しかも瞬時に判断を迫られます。
 この訓練は地震災害に直面した場合を想定し「イエス/ノー」で判断しながら、参加者みんなで防災を考えていく防災疑似体験ゲームです。老上学区まちづくり協議会の防災講座のひとコマ。重いテーマも、しがいち防災研究所の岩佐さんの巧みな話で、笑いの絶えない、あっという間の90分です。

失敗から学ぶ

岩佐さん  NPO法人しがいち防災研究所は消防士を退職した9人の他、防災士、危険物取扱者、建築士など13人の、いわば防災のプロ集団です。

 代表の岩佐さんは消防署を定年後、その経験を活かして草津市(危機管理課)に勤務しました。市役所では地域の防災計画、消防や防犯について市民の皆さんと直接対話する機会も多く、まるで若手のころに戻ったようで新鮮な気持ちで仕事ができたとのこと。
 「市役所での5年間で多くのことを学び、同じくらい失敗も重ねましたよ。地域の方からもよくお叱りを受けたりしたけど、この経験とつながりこそが財産になりました」

 とある高齢者サロンで防災の話をしたときのこと。「草津は災害も少ない地域ですが…」と話し終えた後、高齢の女性に話しかけられました。和歌山から草津に嫁いできた人で、昭和南海地震に遭い、高台めざして一目散に走ったときの恐ろしかった気持ちを話してくれました。
 「身をもっての話とはこのこと。実際に体験した人にしかできない話は胸に響きます。私がする通りいっぺんの話よりも、よほど災害の恐ろしさ・防災の心構えが伝わります。『災害の語り部』って大切な存在だと感じました」

3分の防災訓練

老上防災講座1  また、若いママさんたちのグループから相談がありました。
「草津に引っ越してきて知り合いがいない。住んでいるところは町内会がない。あっても声が届きにくい。もし、子どもと自分しかいない時に地震や火事が起こったらどうしたらいいの」と、そんなお母さんたちからの防災訓練の依頼です。
 でも「赤ん坊がグズるので話は3分にまとめて欲しい」。
「えっ、3分!?」驚きましたが、なんとかしたい。それではと消防署で体験を交えた訓練に切りかえました。

 こんなこともありました。あるまちの防災訓練に行くことになり、ビニル袋でご飯を炊く訓練をしようと思い、「50人分ほど用意しておいてください」と気安く頼んでおきました。後日、地域の役員さんから「50人分炊こうと思ったら、鍋がいくついると思っているのか」との電話がありました。そう、私は実際に50人分を一度につくったことがなかったのです。
 こういった地域の人たちとの出会いは、失敗も含め貴重な経験。すべて今の活動につながっています。

立ち上がるプロたち

マンション防災講座  市での5年間を終えようとした頃、「せっかく消防で培ったものを活かせないか」との思いが頭をもたげました。同じく定年を迎えた同僚などにも話すと、同じような思いをもっていたのです。もちろん、地域の役員なんかになると、経験や知識を活かす場面もありますが、役が終わればそれまで。

 「みんな何かやりたいけど、きっかけがない。まず形がないと、私たちOBのこんな思いも一つになれない」と思い、NPO法人を創ることにしたのです。やりたいことはハッキリしていました。消防署や役所は忙しく、全ての地域防災にまで手が回らない。行政と地域の隙間に陥る部分にこそ、自分たちが培ったノウハウを少しでも役立てたい。行政と地域との橋渡しができれば、との思いだったそうです。

 続けられるかもわからないのに法人を立ち上げるのは無責任ではないかという声もあったとか。
「何もせず社会が後退するより、一歩を踏み出すことで状況がそこに踏みとどまることができるかもしれない。私たちのような、現役を退職した世代が多少の汗をかいてまちのためになればと思って活動をしています」

想定外を想定する

老上防災講座  活動を始めると防災訓練・消防訓練・講話と、あちこちから依頼の声がかかりました。とある会社からは「いつもとはちがう防災訓練を」との相談。60分のお決まりの話より、講話は最小限にし、参加者同士での話し合いの時間をできるだけもちます。事前に従業員アンケートをして、日ごろから感じている「社内での危険箇所・ケガしやすい場所、燃え広がりそうな所」を書き出しておき、話し合ってもらいます。
 実際にそこで働く人たち自身が自ら考え行動しないと本気の防災にはつながらないからです。
 時々、消防設備も完璧に作動ケガ人もいない、従業員は全員持ち場にいるといった条件が整いすぎている、いわゆる〝ママゴト訓練〟を見かけます。実際の災害では熱や煙が充満していたり、暗闇だったり、パニックの叫び声で混乱していたり、ケガ人だって出るでしょう。あえて想定していない場面を想定して訓練することが大切です。自分の周りやこの職場では起こらない、との思い込みが最も怖いことなんです」と岩佐さん。
 「日ごろから話し合い、会社やまちの意見を共有しておくことが防災まちづくりの大きなポイントだと思います」

 岩佐さんは定年を迎えたときに「自分がかわいそう」と思ったとか。これまで消防の仕事で身につけた様々な知識・技術を活かせる場がなくなる寂しさの表現です。この思いが原点になったのかも知れません。
 消防士O B たちによる本気の「防災まちづくり」 私たちの心強い味方です。

取材・掲載

コミュニティくさつ121号 2019.6月
「私、キックオフ宣言。」より

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